何でもない男の、世界から忘れられていくような、吹けば飛ぶような男の歴史絵巻。
人は、慣れていく。
あんなに楽しかった出来事も、あんなに嬉しかった経験も、人生を歩むうちに、同じ体験では当時ほど感情が揺さぶられなくなっていることに気付く。初めて食べたときに感動した味を求めて、思い出の店で思い出のメニューを食べても、同じ感動を得られないように。苦しかったことや辛かったことはふいに思い出されて一生自分に付きまとってくるくせに、良かったことには簡単に慣れていく。ただ、記憶だけは残っている。
人は、離れていく。
あんなに親密だった人も、愛を誓い合った人も、簡単に(時には煩雑に)どこかへ行ってしまう。性格や相性やすれ違いや、環境の問題や運の悪い事件、様々な理由で、あるいは理由もなく、ただなんとなく、疎遠になっていく。だから、人はいつか自分から離れていくことを前提に、人と付き合う。楽しい関係も、辛い関係も、いつかは離れるんだよなあ、と思いながら。気付いたら誰もいなくなっていた。
みんな離れていってしまった。ひょっとすると、自分から距離を置いてきたのかもしれない。ただ、記憶だけは残っている。
その男の人生は、確かに何でもない。ただ、記憶だけはあった。すべて、あった。
シェアオフィスのオーナーでサヴァン症候群の男と、彼の築いた場所を通過していった幾人かを、モアレ縞のように描く群像劇。
2021年11月に予定していたがコロナ禍の影響により延期となった作品を、ゼロベースでアップデート、いちからRe-Constructし上演する。。
脚本・演出:古川貴義(箱庭円舞曲)