『黒衣人』
Man in Black / フランス、アメリカ、イギリス / 2023 / 60分 / 監督:ワン・ビン( WANG Bing )
裸の老人が、誰もいない薄暗い劇場の廊下を彷徨い、舞台に上がる。カメラは彼に近づき、旋回しながら彼の体をじっくりと捉える。彼はじっと立ち、そしてお辞儀のような動作をして、奇妙なダンスを始める…。この裸の男性は現代音楽作曲家の王西麟。彼は自作の曲をアカペラで歌い、ピアノを演奏し、続いて自分が共産党政権下の中国でどんな経験をしてきたのか、そして拷問がいかに人間を永遠に滅ぼすのかについて、自らの言葉で語る。ワン・ビンは1960年代初頭の砂漠の強制労働収容所について描いた『無言歌』等の作品で既に同様のテーマを扱っているが、彼のこれまでの作品と一線を画しているのは本作の並外れた様式美だろう。老いた体や劇場を捉えた名手カロリーヌ・シャンプティエによる綿密で驚異的な映像、激しい痛みを伴った音楽、そして歌と振付。全ての要素が相まって、真に驚くべき伝記映画として成立している。カンヌ映画祭で特別招待作品として上映された。
『火の娘たち』
The Daughters of Fire / As Filhas do Fogo / ポルトガル / 2023 / 8分 /
監督:ペドロ・コスタ( Pedro COSTA )<『黒衣人』と併映上映>
3つに分割されたシネマスコープ画面。それぞれの画面には一人ずつ異なる女性が映され、噴火する火山が身近に迫るそれぞれの場所で、彼女たちは孤独や苦難、仕事の苦労、そして不屈の精神について歌う。極めてコスタ的ともいえる幽玄な照明が用いられた、美しく、そして地獄のようでもある絵画的な画面に、賛美歌のような優美な音楽が伴われた異形のミュージカル映画。そして映画はフォゴ島の50年代の火山噴火の様子を捉えた16㎜アーカイブ映像と、火山岩で建てられた家のイメージで締めくくられる。カンヌ映画祭で特別招待作品として上映された。
