まともに生きる方法なんて、何ひとつ教えてくれなかった。
祖父が死んでから、もう10年以上になる。
それは生前に書かれたものだから、実家には相応の期間ずっと保管されていた筈なのだが、死んだ後しばらく経ってから祖父の手による遺書(というか、祖父の生い立ちについて書かれた50ページ以上に及ぶ自伝)の存在を聞かされ、つい最近になってそれを拝借してきた。今さら読んでみようと思ったのも、きっとタイミングなのだと思う。理知的で、芸術家肌だったのは知っていたが、やはり文章も上手かった。その手記のタイトルが「私の忘れ残し」。最後に会った祖父から『満足のいく人生だ。やり残したことはないよ』と聞いたのを思い出し、感慨深く思った。手記にはその後に死んだ母宛の手紙が差し込まれていて、そこには『伸くんの御健斗願う事切なり』と記されていた。物語は巡り合わせの産物だ。タイトルを拝借しようと思う。「5月の忘れ残し」どうかたくさんの方に楽しんで戴けますように。